けなすは易し、褒めるは難し

 

最近、Twitterなんかで、雑な暴論が増えてきた気がする。
みんな炎上耐性がついてきて、
言いたいことを言えることはいいことなんだけど。


みんながネットで発信する時代になると、いかに注目してもらうか、みたいな話にもなってくる。
特にTwitterは、文字数が少ないこともあり、前提条件等まわりくどい説明をしている余裕はない。

そうすると、ちょっと常識をぶちこわすようなのが刺激的で、
もてはやされがち。

支持する側も、自分も常識から自由になったような気になって気持ちいい。

だけど。
そんな理論が、本当に有用であるだろうか。
極論・暴論・毒舌って、実は結構簡単にできるんだよね。
エネルギーは要ると思うけど、クリエイティブじゃなくてもできちゃうんだ。

たとえば一日やってみたらいい。
褒めるのって、意外に難しい。
相対的に何かをけなすことなく、対象物のみを褒めるのはより難しい。
具体的に、独創的に褒めるのはさらにもっと難しい。
(今でも時々思い出すコラム:ほぼ日刊イトイ新聞-ダーリンコラム)

何かをけなすのは結構楽にできる。

これに、限定的な経験を強引に一般化する、という技が組み合わさると、
ぱっと見、刺激的で斬新な論が生まれる。
世の中をぶち破れるような。

でも、だまされるな。
前提条件を疑ってみよう。
すごい特殊な、あるいはレベルの低い人たちを対象にした一般論になってないか。

つまり、仕事ができない人たちだけを見て
「サラリーマンてダメだなあ」って言うみたいな感じ。

刺激的な暴論に振り回されないようにしよう。
そして、より難しい「褒める」ほうに挑戦しよう。


と言いつつ、このブログも2回連続で批判になっている。
やっぱ批判って書きやすいんだよな。
ああ、次は褒める記事にしよう。

photo credit: Ernst Vikne via photopin cc