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映画にとって理想的なCGの使い方とは

 


自分はどうもCGを多用した映画を面白いと思うことが少ない。
なんでかなーと考えていて、少し思いついた。

ちょっと前のピクサーの映画かな。
主人公の少女の髪の毛が、とても自然に揺れるように苦労したって話があった。

技術屋としては、こういう話は大好きだ。
ここで頑張った人を尊敬するし、CG屋としては間違ってない。

ただ、映画を作る人という観点から見たとき、
正直違和感を感じる。

髪の毛が自然に揺れるかどうかなんて、監督が気にする話なのだろうか。
そんなことが気になって映画の世界に没入できないなら
それはCG屋の責任じゃない。その程度の映画だってこと。

CGをリアルに肉薄させる努力ってのは、
観客をいかに思考停止させて
見せたままを受け入れさせるか
って努力でしかない。

観客は、不自然な部分があれば自分で補完して見る。
もうちょっと観客を頼りにしてもいいんじゃないか。

今から見たらチープな昔の特撮であるにもかかわらず、
スターウォーズ猿の惑星がなぜ今だにファンが多いのか。
キャラやストーリーが魅力的だから。
思いもしなかった世界を形にして見せてくれたから。

想像力を拡張してくれたから、なのではないだろうか。


観客が思いもつかなかったことを形にして見せて
想像を膨らます導入にする。
それこそが、特撮やCGの果たす役割だろう。
想像を補完するために使うよりも
想像を拡張するために。

J-POPのサビに英語を使うようなノリで
映画にCGを使っても、良い表現は出来ないよね。


ただ。
ジブリにしてもピクサーにしても、
常人が見たら引くほど細部にこだわってて、そしてヒットしてる。
そう思うと、僕のこの考えも正しいとは言えないのかな。

でもやっぱり、想像を拡張してくれるような映画が見たいなあ。

photo credit: gIadius via photopin cc