読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ケタ違いのスケールで寛容さを教えてくれた、インドの小さな村の話

 

前回の記事なんかもあいまって
最近、寛容とかについてよく考えます。

寛容というと、バックパックひとつで旅したインドを思い出すんですよね。
あの国は、皆が図々しく、皆が寛容な国。

デリーからタージマハールのあるアグラという街まで列車に乗った時の話。
列車に乗り込み、自分の指定席(4人がけボックス席)に行ってみると。
なんともう数人のインド人がワイワイ言って座っている。
「そこ僕の席なんだけど」って言ったら、
まっっったく悪びれる様子もなく、
「おお、そうかそうか、まあ座れ」ってなノリで
皆が詰めて、座る場所を空けてくれた。
苦笑いしながらも座ったら早速談笑に巻き込まれる。

「どっからきたんだ?え?日本?」
「おいなんか良さげなノート持ってるじゃん、ちょっと貸してよ。
ここに俺の住所と電話番号書いとくわ。あとインドの国旗な。」
「俺はな、これからこの電卓を売りに行くんだよ。
すげえぞこの電卓は。こんな機能があってだな…」

なんて、お陰でずいぶん楽しい車内を過ごしました。

またある時は、カジュラホという遺跡の街へバスで向かう時の話。
ダイヤ通りでも三時間かかる道のり。
乗りたい人みんなを乗せて、
おりたい人を降りたいところで下ろすもんだから、四時間以上かかる。
しかもめちゃ混み。
屋根の上はもちろん、運転席の隙間にまで人が乗り込む。
そんなバスでいいかげんしんどくなっていた時、
僕の表情に疲れが出てたんでしょうね、
「ここに座りなさい」ってお婆さんがジェスチャーで教えてくれた。
それは土のうのような大きな袋の上。

お婆さんに薦められるなんて情けないことこの上ないけど
いつもこのバスに乗ってる地元の人は鍛え方が違うから仕方ない。
ありがとうって座りました。
お陰でなんとか終点カジュラホ村まで持ちこたえ、
お礼を言って降りようと準備していたら、
僕が座ってた袋を、お婆さんとは何の関係もないおじさんが
何事もなかったかのように持っていくじゃないですか。
どうやらそのおじさんの荷物だったらしい。

さすがに唖然としました。
自分の荷物じゃないのに 、その上に座れと薦めるお婆さん。
それを何の違和感もなく流す、荷物の持ち主。

こりゃすごい国だ…。
肩が当たったやらつま先を踏んだやらで言い争う日本が、
なんとちっさく見えたことか。

いや日本だって、言い争う人はごく一部。
でもみんな、イラっとはしますよね。
インドはイラっとすらしないんですよ。
これすっごいことだと思いませんか。

なにも日本を貶めて海外を褒めるなんて
陳腐な話を展開するつもりはありません。
そもそもバスがそんな劣悪な環境ってことが
日本じゃあり得ないですしね。

ただ、寛容さという一点において言えば、
僕らからみたらほとんど常識はずれなほど
いいかげんで寛容な考え方もあるってことです。
そういう考え方があるって知ってるだけで
違うと思うんですよね。

そういう意味でもインド、オススメ。
たぶん人間が大きくなりますよ。

ちなみにそのバス、帰りに乗ったら今度は六時間かかりました…。

photo credit: rAmmoRRison via photopin cc