Twitter上でちょっとだけ賛否両論になってわかったこと。

 

少し前、この記事でいろいろと反応を頂きました。
ロックファンがアイドル音楽を下に見るのは仕方のないことだと思う - せいじ100のリスト

そのなかでいろいろやり取りしてみてわかったこと。
主にTwitter上の話です。

ブログURLをツイートする時、著者である私のID含めてメンションを飛ばす人はわりと理性的。
真意を伺いたい、というスタンスで行くと、
ちゃんと話せるし、実りのあるコミュニケーションがとれる。

一方、メンションしない人は見つけて欲しくない人。
あるいは議論なんてしたくない人。
反射的に感じたことを吐き出す。
たまたま酒の肴になっちゃったみたいなもので。

別にそれはそれであり。
公開されたものに誰が何を言っても自由ですからね。

だからそういう人には関わらないのが
お互い心地よいようです。

ある程度有名になったりすると
嘘や偏見を流されては困るので
エゴサーチが必要になるんでしょうけれど
無名なうちは、エゴサーチっていいことなさそうだと感じました。

無名のうちは不思議と、扱う側も
記事と人格を分けているんですね、無意識に。
もう少し言えば、人格攻撃するにしても
記事ごとに人格が独立している。
「この記事書いた奴は分かってねえ」みたいな感じで
人格の全否定まで行かない。
「他の記事でこう言っているから」
まで調べるのが面倒だし、
第一その人を叩きたいわけじゃなく
その記事を叩きたいだけなので、それで事足りる。

無名な人に対して皆出来てるんだから、
有名な人についても同じようになったらいいですねえ。


photo credit: paul bica via photopin cc