若いのにすごい、って褒め方は実は褒めてないんじゃないか

 

この頃はSNSやブログ、Ustreamの普及で、様々な人の小さな活動がよく見える。
今まではマスメディアに出るまで気づかなかったような活動が。

そういうのを見てると、学生さんとかでも尊敬するような活動や考え方をしてる。
どんどん世界へ出て羨ましいような経験をしてたり、深い考察をしてたり。

こういうのがSNSとかで広められる時、よく「若いのにすごいね」という文脈に乗せられる。

でも「若いのに」という褒め方は何か違和感がある。
若かったらそんなに凄くなくて当たり前だ、みたいな暗黙の前提がある。
もっと言えば「自分の若い時はそんなに凄くなかったのに君たち凄いね」っていう前提。


すごい奴は若い時からすごいし、
ダメな奴は歳とったってダメ。
大器晩成型もいるし、
早熟でジリ貧になってく人もいる。
結局、「成したこと」で評価しないと。

例えばアーロンシュワルツの業績なんて
彼が何歳であろうと凄い。
何歳なのか、は業績を評価したあとでおまけ程度に考慮するもの。


「若いのにすごい」ってのは、褒めるのをサボってるだけ。
成したことではなく、その若さを以って評価しちゃってる。

それはなんか違うんじゃないか。

昔だったら、年齢や社会的地位によってアクセスできる情報にかなり差があった。
その頃の感覚から抜け出せてないんじゃないか。

「若いのにこんなに考えてるなんてすごいね」と褒められてたブログ記事をみて
そんな事を思いました。
若さを勘案しなくても、十分関心に値する記事でした。

photo credit: Victor Bezrukov via photopin cc