黙祷の意味と伝わるもの

 

こんな記事を読んだ。
黙祷やくざBLOGOS - Hagex-day info


当日、僕の会社のオフィスでも、黙祷を促すアナウンスがあった。
僕は直前まで打ち合わせに出ていて、十秒ほど遅れて参加した。

その十秒弱の間に見たもの。

それは、さっきまでバラバラなことをしていた皆が
全員動きを止めて、ただ祈る様子だった。
電話も、一度も鳴らなかった。


黙祷はひとりひとりでするもので、
隣の人がやってたらどうとかいうものではない。

でも。
ひとりも動くことなく皆が静かに祈っている様子というのは
なにか神々しいものがあった。
その場に30人いたとして、30人分の祈り以上のものを感じた。

「全員が黙祷するってことは、そういう意味があるんだ」
と初めて気づいた。

自席まで戻ってから黙祷しようと思ってたけど
自分の足音がその祈りを妨げることに我慢ができず、
あわててその場で黙祷に参加した。

皆がやってるからやる、は違うけど、
個々の意志で皆と同時に祈るってのは、
それなりに意味のあることだと、肌で感じた。

冒頭のリンク先記事の主旨には、全面的に同意です。
そもそも渋谷駅で全員止まるなんて現実的じゃないし。
この記事は、冒頭リンクを読んで連想したことを書いてるだけです。
反論や異論だと思われるとズレてしまうのでご注意を。