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見つけることよりも、探し続けることが大切なんじゃないか〜古賀洋吉氏のツイートから〜

 

すばらしいツイートとそのまとめを読んだ。
古賀洋吉さんが熱く語る「自分のビジョンを持つこと」について。 - NAVER まとめ

これ自体は疑問の余地なくすばらしいものだし、
僕自身、就活支援活動の中で学生さんに言うことがよくある。
しかもエントリーシートを書いたりする初期段階で。

ただ。

MBAを目指すほどの人、という前提条件を外した時、
ここで言われる「ビジョン」は、誰でも思い出せる、
あるいは見つけられるものなんだろうか。

自分を振り返ってみる

僕が一番すごかった時期。
たぶんそれは、中学生時代。
周りの同級生ほとんどがファミコンに夢中だったころ、
PC-8801mk2FRというパソコンでプログラミングに夢中になってた。
それこそ寝食を忘れるくらい。

BASICから始めたプログラミングへの興味は、
やがてマシン語へと移った。
マシン語の本を買って勉強し、
プログラムを書いて、変換表を見ながら
紙の上でマシン語に書き換える。
(ハンドアセンブルといった)

気の遠くなるようなそんな作業をこなし、
これまた気の遠くなるような打ち込み作業を行う。

ハードディスクやマウスなんて、超贅沢品だった時代。
もちろん中学生が親に買ってもらったマシンにはそんなものはついていない。

自分でもよくやってたな、と思う。
インターネットもなくて、情報を手に入れるのも一苦労だった。

プログラミングをやってる人の中では、もちろんたいしたことないレベル。
だけど、パソコンを操る中学生なんて学校に5%くらいしか居なかった。
中学生としては、それなりに突出したレベルだったんじゃないかと思う。

自分のビジョンを思い出しはしたのだが

高校になって、パソコンはやらなくなってしまった。
勉強や部活に時間を取られるようになったのと、
やはりパソコンの性能が古いものになってしまったのが
大きかったんだと思う。

その後、大学生になり社会人になったけど、その情熱は忘れたままだった。

一昨年、年初の目標とか考えてて、
「この先なりたい自分」というものがないことに突然気づいた。

それから、ちょっとでもやりたいと思うことを試すようになった。
このブログを始めてみたり、就活支援の電子書籍書いてみたり、
WordPressでサイトを作ってみたり、
Macminiを買ってObjectiveCをやってみたり、
ドットインストールでRubyをかじってみたり。

このブログなんかは結構続いているほうだが、
その他どれも、寝食を忘れるほどではなかった。

どうやら僕の情熱はプログラミングにあるわけではないらしい。
モノづくりにあることはなんとなく確信してるけど。

これから、寝食を忘れるほど没頭するものを探し続けるのだと思う。

それを見つけることが最重要か

没頭できるものをなるべく早く見つけて、
ライフワークにしたいと思う。

だけど、そんなにすぐ見つかる気がしてないのも事実。

そう思うと、それにたどり着く事はどうでも良いんじゃないかという気がする。
もちろんたどり着いて早く取り掛かれば、高い成果も上がるだろうし
名を成す事にもなるだろう。

だけど必ず見つかるとは限らない。

実は、見つけようとし続けることが、最も大切なんじゃないか。



星新一ショートショートに、「鍵」という作品がある。
あるところで鍵を拾った男が、それに合うドアを探し続けるというストーリー。

ショートショートのオチをここで書くような不粋はしないが、
その男は結局、探し続ける行為自体に満足を覚える。


没頭できることを探すのも、きっとこれに近い。
没頭できるものがあることを忘れて過ごしてしまっては悲しいが、
没頭できるものを探し続けること、それ自体に価値があり、
それだけできっと人生は豊かになる。

冒頭の記事からそんなことを連想しました。

うん、探し続けよう。

photo credit: zcopley via photopin cc