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小保方氏へのエール、または外野が世紀の大発見を潰してしまうかもしれない可能性について

 

小保方さんの声明、出ましたね。
まあ、その対応の良し悪しは置いといて、
少なくとも悪意のないミス、ではあるわけです。

一連のニュースについて僕が言いたいことはふたつ。
自分だったらそんなことする?
という話と、
叩くことによって失われるかもしれないものがいかに大きいか
という話。

自分だったらそんなことする?

このブログでもたびたび書いていますが、
何か信じられないような人を目にした時、
自分には理解できない悪者として捉えるか、
自分だったらどんな場合にそんなことするだろうか、
と捉えるのでは、見えるものが全く違います。

ネイチャーといえば、世界的な科学誌。
素人の僕ですらよく耳にするくらいの。

まして研究者なら、そこへ論文を出すということがどんな重みを持つか、十分わかっている。

あなたが研究者だったら、そこへウソの論文や研究成果なんか出しますか?
よほどの強心臓ですら、やるとは考えにくいでしょう?

仮にやるとしても、バレないように緻密な工作の上でやるでしょう?
今回みたいな、いわばザルのように穴の多い状態で出す訳がない。

とすれば。

彼女は実験結果には絶対の自信を持っていて、
論文は軽視するタイプの研究者
と解釈するのが自然でしょう。
悪意をもって穴だらけの捏造したなんてのより、ずっと。

叩くことで失われるかもしれないもの

僕が一番心配してるのは、これ。

最初の発表で大騒ぎになったように、本当にSTAP細胞が作れるなら
とんでもない快挙なわけです。

世の中はすっかり、「実験結果までウソだった」論調になっちゃってますが、
どこにもそんな確証ありませんよ?
論文さえ直せば、再び快挙となるかもしれないんです。
今のバッシングは、
その再び快挙になる可能性まで潰しにかかってる。

彼女自身が、あるいは彼女と一緒に実験すれば、STAP細胞は出来る。
論文を元にやっても再現出来ない。

ということは。

手順書に書ききれていない、
(本人でさえ気にかけないような)何か些細な違いが決定的要因になってる。
実験用手袋が何かの薬品の近くにおいてあるとか、
あるいは身につけてる化粧品や香水とか。
(※「些細な違い」をイメージしやすいように例示してるだけで、
本当にこんな要因だとは僕も思ってません。
実験するならそんなこと考慮済みだもんね、普通)

今回のバッシングによって
必ず成功させなければというプレッシャーが過度にかかり、
いつも通りの実験が出来なくなったら?

それこそ悲劇です。

本人であれば再現できる、のである限り、
まわりが実験手順をよく観察して、再現できない人との違いを
ひとつづつ検証して行けばいいだけ。
快挙への道はそんなに遠くない。
だけどこれをきっかけに何かが狂い、本人でさえ再現できなくなったら?

快挙が一気に遠のいてしまう。

オリンピックで日本の金メダルを願う人たちが
何故に科学界での金メダル以上の快挙を妨害しようとするのか。

僕らが今すべきことは、実験の再成功を願うことなんじゃないのか。
論文が一刻も早く訂正され、再び世界を驚かせることを期待して
見守り、応援することなんじゃないのか。

もちろん、実験ノートがないだの
論文と実際の実験手順が違うだの、いろいろ怪しいところはある。
でもそれを根拠に叩いたところで、小市民のストレス解消になるだけだ。
(論文が正しいかどうかの検証は、叩くのとはもちろん別)

それが、「世界を救う快挙の可能性」を潰してまですることか?

どっちが本当かわからないなら
快挙に賭けたほうがいいだろう?

幸い、彼女はまだ諦めていない。

仮にすぐ実証できなくても、最悪、今回の実験結果が何かの間違いだったとしても
5年でも10年でもかけたらいい。
どうか諦めず、本当に胸を張って出せる研究とその論文を完成させて欲しいと思う。

一度発表した研究に穴があったなんて、今回が初めてのことじゃない。
ワイルズという数学者がフェルマーの最終定理を証明するまでのストーリーなんて
ほんと感動するよ。

哲学的な何か、あと数学とか

哲学的な何か、あと数学とか

こんな大逆転を期待しています。